安土城への旅行

全国城めぐり 京都府 二条城

このサイトでは、歴史的な役割に注目して全国のお城を紹介します



京都府 二条城

二条城への旅 京都の二条には何度か城が造られています。
そのうち最後に徳川家康が京都上洛時の宿所として慶長6年(1601年)に着工し慶長8年(1603年)に完成したものが現在の二条城です。

この二条城は徳川が天下を取ったときと、朝廷に大成奉還するときに大きな役割を果たします。

慶長16年(1611年)に征夷大将軍である家康が二条城で秀頼と会見しました。
有名な二条城会見です。
この時は、豊臣家の中では二条城に行くべきかどうかでかなり議論されたようです。
結局、秀頼が大阪城を出て京都まで出向くことになりました。
この結果、豊臣家は既に天下を制していた徳川家の家臣であることが明確になりました。
豊臣秀頼は、徳川幕府の1大名として生き延びる道もありましたが、家康は豊臣を残すのは危険と判断しました。

その4年後に豊臣家は家康によって息の根を止められます。

秀忠と家光は家康に習って、征夷大将軍として二条城へ入城しましたが、その後幕末まで将軍が入城することはありませんでした。

その間に、雷や火災で天守や本丸御殿等を焼失しました。
幕末になって14代将軍の家茂が上洛して二条城に入城します。
その後家茂が休止した後、一橋慶喜が二条城で将軍拝命の宣旨を受けます。
しかし、翌年には将軍の地位を返上し大政奉還が行われました。

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