安土城への旅行

全国城めぐり 広島県 福山城

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広島県 福山城


広島県福山城 福山城は山陽新幹線の福山駅(広島県)のすぐそばにあります

徳川初期に水野勝成が西国の外様大名の東上を抑えるために築いた城です

水野勝成は戦国時代の武将で永禄7年(1564年)生まれです
父の代から家康に仕えていて、多くの戦で武功をあげ、紆余曲折の末に、元和5年(1619年)に福山10万石を与えられました

初代勝成以降、明治にいたるまで水野家が福山城主となります

福山城は、周囲を瀬戸内や川で守られている堅城です
この規模の築城の場合、10年はかかると思われますが、2年半で竣工しています
そのために、他の城から櫓や御殿を移築しています

この時期は、城の新築や改造を禁じていた徳川幕府ですが、西国大名ににらみを利かすために特別に築城を許可しています

伏見城から移設した伏見櫓と筋鉄(すじがね)門は重要文化財となっています

本丸内にある鐘桜櫓は、鐘をつるした二層の櫓で、城の本丸にこの種の櫓があるというのは非常に珍しい事です
その他に、本丸内の建物としては、お風呂がある御湯殿、桃山様式の櫓である月見櫓等があります

天守は、五層6階となっています
福山城は、本丸の北側の防御が薄いために、天守北側は火攻めを警戒して、一階から五階まで壁面全てが鉄板貼りでした
水野勝成の豊富な戦闘経験が生かされている造りといえます

城の多くの施設は、太平洋戦争のときに大半が焼失して、昭和41年に再建されました

西国の外様大名を抑えるために造った城ですが、幕末に薩長軍が東上する時には、戦わずに城を明け渡して、城下が戦火になるのを免れています
そのために、水野家は徳川の譜代でありながら官軍に属すことになりました


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