安土城への旅行

伊達正宗

色々な戦国武将ランキングを見ると必ず上位にいるのが伊達政宗です。
戦に強いというだけではなくて機知に富んでいて、江戸時代まで力を持っていた武将です。

情報収集能力と政治力が高かったと推測されます。
伊達政宗の時代は戦国時代が終わりかけていて、織田信長から豊臣秀吉に権力が移る時期でした。
最初は抵抗するそぶりを見せていたものの、結局秀吉の家臣とり、その後家康に仕えるようになります。
江戸時代にも勢力を維持し、明治になっても伯爵家となって伊達家は健在でした。

伊達正宗については色々と豪傑ぶりを示すエピソードが残っています。
なかでも秀吉に呼ばれていた小田原の陣に遅れて参陣した時の白装束の話は有名ですね。

色々なエピソードを見てみると、正宗は言い訳がうまかったようです。
先ほどの秀吉に世慣れていたのに遅れて参陣した時も、謀反の疑いがあるという事で正宗の書いた証拠の手紙を突き付けられました。
その時には、「その手紙は偽物である。なぜならが花押に針の穴がない。」と言ったそうです。
そのうえで正宗が書いた他の手紙の花押には針の穴があることを示して見せたそうです。
しかし、冷静に考えたらいかにも「無理な言い訳」の様に思えます。

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