安土城への旅行

加藤清正

槍の名人として有名な加藤清正は戦国時代の終わりごろから江戸時代までに活躍した武将です。
永禄5年生まれで、秀吉に長いこと仕えていました。
若い頃は槍の名人として、多くの戦場で勇猛な戦いをして戦果を上げ秀吉に可愛がられました。
加藤清正
世の中が平和になってからは築城の名手として知られるようになりました。
城の設計(縄張り)が得意だっただけではなくて、自国の行政にも才能があったようです。
なんと言っても熊本城が一番有名ではないでしょうか。

最初に秀吉に仕えたときは170石だったそうです。
賤ヶ岳の戦いで手柄を立てた後は、3千石になりました。
秀吉の九州侵攻にしたがって制圧した後に熊本25万石の大名になりました。
関が原の戦いのあとには、肥後一国52万石の大大名になっています。

加藤清正は秀吉を崇拝していて、秀吉没後には息子の秀頼への忠誠心が高かったことで知られています。
有名な、二条城での家康と豊臣秀頼の会見を設定し、両家の和解に尽力を尽くしました。
二条城で秀頼に出された饅頭を一気に食べた話は有名です。
それは毒殺を心配してのことです。

城作りという意味では、先ほどの熊本城の他に、名古屋城や江戸城の築城にも関わっています。

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